国有林の最前線
利根沼田森林管理署には現在7つの森林事務所があります。ここは国有林の最前線となる事務所で、国有林の日々の管理や各地域との窓口の役割を果たすために(首席)森林官や森林技術員たちが、毎日忙しく現場を行き来しています。
そんな森林事務所の主(あるじ)森林官から地域のこと、事務所のこと、日々の業務のことなどを紹介させていただきます。
森林の調査 シカやクマの剥皮防止対策
豪雪に埋もれる事務所 森林官です
追貝森林事務所(沼田市)
沼田市から国道120号線を尾瀬に向かって走り、椎坂峠を下りきると「吹割の滝」の表示がたくさん見えてきます。ここ沼田市追貝地区(旧利根村)の集落内に比較的新しい建物を構えているのが、我が職場、追貝森林事務所です。
当地は、神話時代「日光の神」と戦って追われた「赤城の神」が温泉で傷を癒やしたとされる老神温泉(「追う神」温泉)、竜宮伝説のある吹割(ふきわり)の滝や日本百名山のひとつ皇海山(すかいさん)があり、これらを取り囲むように管轄国有林があります。国有林野の森林面積は約11,000ha、多くは標高1,000mを越える県境の急傾斜地帯ですが、約30%が人工林、70%が天然林となっています。
比較的新しい
追貝事務所
名勝
「吹割の滝」
現在の追貝国有林は奥山地帯の感が強い森林となっていて、ここが一大林業地として栄えていたことはあまり知られていませんが、明治31年(1898)から昭和14年(1939)までの約40年にわたり、皇海山を越えた足尾地域に坑木・支柱材を供給するために、人口2,000人近い集落が追貝の山中に建設されていたのです。当時、この辺りは足尾銅山の社有林となっていて、その山中のど真ん中に「砥沢」や「平滝」と呼ばれる集落が作られ、総延長30km近い架線(蒸気機関や水力で動かしたとか…)によって年間4万石(約10,000m3)の製材、120万貫(約4,500㌧)の炭、3700棚(約4,000m3)の薪などが生産されて、足尾地区に送られていたという記録も残っています。その後、昭和40年に「利根川水源域の重要な森林地帯」であることから国が森林を買い取って、現在の追貝国有林となったのです。
林道を走っていても人に会うより、シカ・カモシカ・クマに会う確率の方がずっと高い現在は、その面影は全く残っていないと言っても良いと思えます。それでも今も深い渓谷沿いの踏跡を辿れば、往時の住宅や架線の台座の石垣などが残る集落跡があると地元の方に伺いましたが、今のところ現地には行っていません。署長からも「一度、巡視がてら出かけよう」と言われていますので、実際の様子がわかればまた報告します。
今や逃げようともしないシカ
追貝の国有林を見るには、根利・栗原林道(一般開放)を走るのが一番です。この林道は皇海山登山のアプローチとして今や有名ですが、延長41kmという長大な林道の建設には30年近い歳月がかかっています。
登山に訪れた方たちから「核心は皇海山より林道だ。」と言われるほどの難路となっていて、道脇の深い深い谷・道幅狭く落石等も多い道は、林道を走り慣れたはずの我々でさえ、一層慎重になってハンドルを握る道となっています。
ハイシーズンの皇海山登山口
特に百名山を狙う登山者の訪問が多く、それに比例して車両事故も増えていますのでくれぐれも注意してください。さらに近年はシカの増大に伴って、動物の飛び出し事故の危険も高くなっています。
車輌前に飛び出すシカにヒヤリ
それから41kmという延長を常に考えておく必要があります。一度、一人で奥まで車を走らせての帰り道で、林道上に大きな倒木が落ちてきていて、真っ青になったことがありました。なんとか寄せることができたからよかったものの、人家まで20kmを歩くとなったら一晩がかりにもなりかねませんからね。
あ…帰れないかも…と思った倒木
クマ・シカによる剥皮被害の状況
今、事務所の一番の悩みは、獣害による森林被害です。 当地の国有林は大林業時代のあと植えられたスギヒノキが、40~50年生の人工林となってきているのですが、特にスギ、ヒノキ山を中心にシカやクマによって食害され、その被害は深刻です。
これまでも獣害対策として、樹幹にテープ等を巻く皮むき防止など様々な対策を取ってきたのですが、動物が増えているのか?、被害は拡大の一途を辿るように感じています。
点々と枯れ始めた人工林 年々赤い色が増大していきます
受け身の防除策だけでは森林を守り切れないこと、尾瀬から日光まで広域に移動する野生動物への対応は一地区だけが取り組んでも効果が薄いことなどを踏まえて、近隣町村や県とも協力する中、捕獲も含めた野生動物対策が動き出そうとしています。自分も当地区の担当として地区の皆さん方と連携をとりつつ役割の一端を担っていきたいと考えています。
林道を伺うカモシカ(左)
そこら中にシカの群れが…
これだけ密度の高まる状態ですから、山に入ると、カモシカ・ニホンジカ・クマ・イノシシ等様々な動物と会う時があります。 追貝の山奥は「クマの巣」とも呼ばれており、ここ数年でもクマに襲われる事故が起こっています。釣り・登山など当地を訪れる皆さん方、くれぐれも入林される時には、動物対策(クマ鈴など)に万全の準備して追貝を楽しみにおいでください。 (追貝森林事務所)
おっとそれから追加情報です。 この11月22日(金曜日)に沼田と追貝・片品を結ぶ国道120号線に「椎坂トンネル」が完成・開通しました!椎坂峠越えのカーブ道を一気にトンネルで抜ける道路の開通で安全に早く通行ができるようになりました。地元では、今年のスキー場へのアクセス増へつながってほしいと期待する声が聞かれています。
実際、雪・凍結の冬場には日々通勤をする私自身もずいぶんと運転が楽になるだろうと期待しています。どうぞ皆様、一度アクセスの改善した140号線を走られてみてください。
相俣森林事務所(みなかみ町)
猿ヶ京温泉のすぐ近くにある、この趣ある森林事務所。私の職場、相俣(あいまた)森林事務所は、みなかみ町の旧新治村・旧月夜野町内の国有林約13,000ヘクタールを管轄区域としています。
ここは本州最古の浮島があるといわれ、モリアオガエルの生息地としても有名な大峰沼、毎年ホタル祭りで賑わいを見せる上毛高原駅近くのホタルの里など自然あふれる静かな景色の広がるエリアです。
また、史跡巡り、果物狩り、工芸体験、それに歴史ある温泉!などなど幅広い年代層の方々が一緒に楽しめるスポットが集まっていて観光地としても人気の地域です。
年代物ですが… 我が拠点 相俣事務所
かつてこの地域は、太平洋と日本海を結ぶ交通の要所でした。上州高崎から三国峠を越えて越後新潟の寺泊へと至る三国街道は、かの上杉謙信が軍勢を整え幾度も行き来をした道であり、日本海側と江戸を最短距離で結ぶ商業路として当時の江戸幕府も整備に力を入れる中、多くの通行者で栄える街道となっていました。現在は道の大半が国道17号線となっていますが、沿線には徳川家光が設けた猿ヶ京関所の跡や、永井宿、須川宿など宿場町が多く残っており遠い昔を忍ばせます。中でも須川宿は、当時の宿場町と農村景観を残す為地域の人々により整備され、様々な伝統工芸・文化を体験できる「たくみの里」となっています。ここは「道の駅」となっていますが、「ものづくり」「体験」ができる道の駅は全国でも珍しく、年間45万人もの人々が訪れる観光スポットとなっています。
樹齢400年 上杉謙信ゆかりの逆さ桜 「たくみの里」は老若男女が楽しめる観光スポット
歴史の道、三国街道は永井宿から三国峠までおよそ7km、歩道として原型をとどめています。四季折々の景色と至る所に残る史跡を楽しみながらの散策コースとして人気です。
地元の方々やここを愛する有志の方々によって、地域の歴史遺産として周囲の森と共生する歩道整備や自然・史跡調査が進められています。調査の成果はハイキングマップ「旧三国街道・三国峠を歩こう!」としてまとめられていますので、皆さんも是非このマップを手に散策してみてください!!
お薦めは紅葉の秋から落葉の晩秋の頃、落葉を踏み分けながらの歴史の道散歩は雰囲気満点です。
(じ・つ・は…花の季節夏もお薦めしたいのですが、梅雨時期から初秋の頃までは、山ビルの危険が極めて高いのです…。そいつがとっても残念至極!)
古道の趣ある旧三国街道
重要な交通路であった三国峠も、冬季間は積雪や雪崩、夏は集中豪雨による土砂災害等、人馬での往来には難所でした。昭和に入ると上越線の開通によりこの峠を越える人は激減していきます。代わって登場するのが自動車道でした。
昭和32年には全長1,218mの三国トンネルが開通します。当時は群馬・新潟両県を結ぶ唯一の一般道でした。いまや関越自動車道が開通して随分経ちましたが、危険物搭載車両は関越トンネルを通行できない為、現在も三国トンネルを利用しているのだそうですね。
その三国トンネルも、完成から半世紀以上経ちました。老朽化に伴い新三国トンネルの建設が計画され、今年の9月8日には大雨の中起工式が行われました。
現在の三国隧道(群馬県側)
我が管内でもう一つ御紹介したいのが皆さんご存じ「赤谷プロジェクト」です。
地域、自然保護団体、国有林管理者という立場の異なる三者が協働し、生物多様性の復元と持続可能な地域作りを目指した新時代の森林生態系管理に挑戦するプロジェクトです。猛禽類とも共生できる森づくり、生態系に配慮した渓流環境整備などの専門的な調査研究はもちろん、楽しく学べる環境教育活動や気軽に参加できる自然散策イベントまで幅広い自主的な活動が行われているのです。
このプロジェクトの舞台、約10,000ヘクタールの国有林「赤谷の森」には1,400mもの標高差があり、日本海側と太平洋側の両方の気候帯に属する生物が生息している貴重な地域なのです。
赤谷プロジェクトと署の技術交流(間伐事業現地説明会)
お気づきでしょうか?相俣管内13,000haのうち、赤谷プロジェクトエリアが10,000haあるということは、管内のほとんどが「赤谷の森」ということ。これはイコール施業に様々な人たちとの調整があるということです。猛禽類の繁殖に配慮した森林施業時期の検討・調整、希少生物や湿原を保護する事業配慮等、プロジェクトの基本方針に沿った業務が求められるのです。赤谷との調整は大変ですが、画期的なプロジェクトに関わることができるのも相俣森林官ならでは。今までは気にもとめなかった様な自然・動物・事象への意識が必要です。
相俣に赴任して早や半年が過ぎました。管内は広く、様々な方々(人間に限らず、動物や植物・自然環境そのもの)とのおつきあいの中で日々の業務を行っています。沢の音を聞き、木が風に揺れるのを感じ、動物たちの痕跡をたどりつつ―大きな自然のなかにいる小さな自分の存在を見つめ、山に受け入れてもらえるような人間になりたいと常々感じています。
(相俣森林事務所)
谷地(やち)森林事務所(川場村)
川場村内の国有林を管理する谷地森林事務所です。
初めての森林官業務を始めてはや1年。今回は事務所部内の紹介を…というお題を命ぜら れまして、 幾枚かの紹介写真を準備しました。 まずは仕事の拠点となる事務所から。村の南の入口、役場や森林組合のすぐ近くにこじんまりと事務所を構えています。あまり殺風景にならないようにと、緑を絶やさぬようにしています。 現在は、暑い夏に備えてグリーンカーテンの育成中なのですが…どうやら暑さの方が先に来てしまいました。
谷地森林事務所、住居も兼ねています
川場村は村内の90%が森林です。このため、豊かな自然環境を生かした農山村として立村に取り組まれていて、森林を木材資源としてばかりではなく、都市交流事業やスポーツ事業など多面的な資源として利用を進めています。
ここは雨乞山という沼田市の大展望台。現在、村と話し合いながら、国有林の一角に村を訪 れる学校の皆さんたちの森林活動エリア設定に取り組んでいます。
沼田市方面の大展望が魅力の雨乞山
そのほかにも村内国有林にトレイルランの専用コースを整備して、毎年大会を開催したり、冬 場の森林レクの代表格、スキー場ももちろん健在です。 このように地元との関係も深い分、時には関係機関や管理署との調整に走り回って大変なときもありますが、地域の中で仕事をしている実感のある森林事 務所だと感じています。
左)今年で3年目となる川場スカイビュートレイル右)川場スキー場
1000人近い出場者が森を駆け抜けます 上州武尊山一帯のスキー場は好天と乾いた雪が魅力
さて、我が仕事場は、村の北にそびえる上州武尊山の山麓・山腹。ここで森林調査、境界巡視、林況把握などに走り回る毎日を過ごしています。
左) きれいな花に目もくれず(そんな余裕がない?)現場に向かう森林官
自然豊かな…と御紹介した国有林ですが、豊かすぎるのか? 最近はしばしばクマの影がちらついて、戦々恐々気味の日々を 送っています。
クマによるスギ造林木の剥皮被害(左写真)です。始め利根沼 田署の東の方で始まったクマ被害ですが、次第次第に範囲を広げて、当事務所の国有林でもこんな状況が見られるようになってきました。
右の写真は山中に設置した蜂の誘引剤を入れたペットボトルですが、甘い香りにはクマも引き寄せられられるようで、ツメでざっくりと引き裂かれています。これで味を覚えたクマが、山中の休憩所や車輌のペットボトルを狙うのではないかと、少々心配です。つい先日は、ついに樹上の若グマと御対面…。早々にクマの方が退散してくれたので事なきを得ました が、さすがに写真を撮る余裕もありませんでした。
霧氷輝く峠道で 6人家族のようなミズナラの木
こんなワイルドな?職場ではありますが、机仕事では味わえぬ自然の造形に出会えるのもこの職場ならではのこと。 森林調査では自然ならではのこんな家族連れのようなミズナラに出会ってみたり、寒い冬の早朝の現場行きでは、思わず車を止めて1枚撮ってしまうような景色にも出会うことができます。 これからもいろいろなことに出会えると思いますが、良いことも悪いことも貴重な機会として経験を積み重ねていくつもりです。(谷地森林事務所)
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